江戸川の瑞江でできたハチミツ。東京の下町でハチミツが採れることに驚く人もいるかもしれない。y&y honey代表の鈴木義明さんは2007年より東京・江戸川で養蜂業をはじめ、各地で開催されるマルシェや都内のレストランに販売している。
「ここの屋上に巣箱があるんですよ」
鈴木さんに案内されたのは、本社兼住居でもある2階建ての建物の屋上スペース。一角に4~5個の木箱があり、周辺に小さなミツバチが行き交っていた。
「やりはじめは完全に素人で、まったくうまくいかなくて。専門家のもとを訪ね歩いて指導してもらい、蜜が採れるようになってくるとどんどん面白くなっていったんです」
y&y honeyはハチミツを取り扱うブランドだが、鈴木さんが事業を営んでいる会社名は有限会社鈴勝鉄工という。こちらの建物の1階部分が鉄工所になっている。
「1978年に父が創業した町工場で、2000年に父が急逝してから僕が引き継ぎました。内部階段や手すり、パネルなどの建築金物を取り扱っているのですけども、僕が継いだ頃からは受注がだんだんと減少していきまして、暇な時間ができたことから養蜂をはじめてみたんです」
2021年に世界的なスポーツ大会が東京で開催された前後は鉄工業の受注も増えたが、仕事量の波が大きく、時期によって両事業を行き来しているそうだ。
鈴木さんはもともと写真家となる理想を抱いていたという。商業写真には興味がなく、自分の心の風景を写真に切り取ろうと活動を続け、とあるコンペティションでグランプリを受賞したこともあったという。父が急逝したことを機に家業を継ぐ決意をしたが、写真を撮っていた時代の交友関係は今もなお深く、養蜂もそのうちの一人に勧められたのがきっかけだった。
「養蜂をはじめてから花の咲く時期を理解したり、花によって蜜の味が異なることを知ったりと、自分を取り巻く世界が身近に感じるようになりました。さらに今では山で罠猟をしてイノシシを獲ったり畑を耕したりと、20代の自分では考えられなかったような活動を楽しんでいるんです」
現在y&y honeyでは本社のある東京・瑞江のほか、時期に応じて千葉の市原や成田、奥多摩、富士山の麓でも養蜂を行い、採取した地域ごとの製品を販売している。栗や山椒、蕎麦……蜜源によって味は変わり、自分の好みを見つける楽しみがある。
「移動コストもかかりますので、人気の具合も踏まえながら各地に持っていく蜂の数をコントロールしています。特に富士山の『栗』と『山椒』は人気がありますね。また、ここで採れる『瑞江』もご当時モノという感覚で、気に入られている方は多いんです」
他社製品と差別化については、特に意識はしていないと鈴木さんは打ち明ける。
「あまりよそと比較してもしょうがないなと思っていますし、正直どうすれば差がつくのかわかっていません。ただ、自分が『いい』と思えることを徹底していこうとは思っているんです」
蜂についたダニを落とすための農薬も、ハチミツにつくのを嫌って避けている。一度使った巣礎(六角形シェル)は使い回さず、毎年キレイな新品を用意する。仮にそうしなかったとしても「不正」「不衛生」と断言される行為ではないし、「それをウチの特徴ですよと胸を張ることでもない」と鈴木さんはいうが、安心して口にできるという信頼がy&y honeyの根底にある。現在では養蜂について知ってもらうため定期的に見学会を実施しており、地域との絆も強まっている。
東東京モノヅクリ商店街に参加したのは、また新たな刺激を得たかったからだという。
「担当の方とお話をするなかで、もっと新しい展開をしてもいいのではと思うようになりました。これまで近所のマルシェへの出品に重点を置いていたのですけど、誘われて青山に出品してみたら外国の方から強い関心を寄せてもらい、異国のハチミツ文化を教えてもらいました。今後はy&y honeyのホームページを整備して、さまざまな人にお届けできるようECの体制もしっかり築こうと考えています」
y&y honeyの養蜂は鈴木さんが目の行き届く範囲内で行っており、今後も大量生産に舵を切るようなことは考えていないと話す。
「天気や花、そして蜂次第ですから。結局、リズムなんですよね。鉄工業という別の収益があるからこその考えかもしれませんが、思った通りにいかなかったと蜂や自然相手に怒っても仕方ないですから。ある程度悠長に、楽しみながら続けていきたいと思っています」