隅田川の中洲にあたり、昔ながらの風情を色濃く残した東京・江戸川区江戸川。古川親水公園に面した町工場が、小川産業だ。近くへ足を運ぶと、大麦を煎った香ばしい香りが漂ってくる。
「昔はすぐそばの新川にも蒸気船が通っていたようですよ。東京と地方とを結び、穀物や農作物などを運搬していたそうです」と、小川良雄社長が話してくれた。
創業は1908年。製粉業として起業し、餅やせんべいなどを製造していた。やがて商材の種類を絞って資源を集中するようになり、現在では麦茶ときなこの製造が主だ。
特に小川産業の顔として知られている商品が、麦茶。1951年から使い始めたという巨大な石窯はいまだ現役で、昔ながらの丁寧な焙煎によって味わい深い麦茶を生み出している。
「先々代のころから旨みを出す方法を研究し、山形産の硅砂と一緒に六条大麦を炒る方法にたどり着きました。原理は石焼き芋と一緒。砂と一緒に石窯から生まれる遠赤外線を受けることで熱循環がうまく進み、大麦の芯までむらなく熱することができるのです」
一気に高温で焙煎すると、やがて窯の中からパチパチと大麦が弾ける音が聞こえてくる。すると、出来たてのポップコーンに似た、なんとも香ばしい香りが辺りに立ち込めてくる。
「大手メーカーでは、窯に熱風を送り込む熱風焙煎を採用しているところが多いようです。そのほうが、一度に大量の大麦を扱えますから。でもウチは、ずっと直火焙煎。焙煎時に生じる煙は苦味の原因となるため、窯内にこもらないよう空気を流動させるのですが、直火式のほうがコントロールしやすい。その分手間はかかるのですが、大麦の自然な香りを表現できるのです」
さらには深みのある色合いを出すため、二度煎りもしている。
「麦茶にはカフェインが含まれていませんから、多くの人に楽しんでいただける嗜好品。それに体温を下げる作用があるとされ、気持ちを穏やかにしたいときに最適な飲み物です。日本では平安時代から貴族の間で愛飲されていたとされ、同時期に製本された日本最古の口語辞典である『和名類聚抄』にも、そうした効能が書かれていたと聞きます。日本が誇る大切な文化として、多く人に魅力を伝えていきたいんです」
主力商品が、粒を砕かずに六条大麦そのままの形を残した「つぶまる」だ。三角パックによって麦茶本来の味と香りを抽出できるのが特徴で、雑味も出にくく、手軽な水出しパックに比べると香ばしさは60%増、うまみは17%増、香りは3倍増のデータもあるという。
新商品開発にも積極的だ。二度煎りした大麦を一晩寝かせた後に再び焙煎し、程よい苦味を表現した「ビター」な新商品は、コーヒーのような味わいを求める人にうってつけ。サステナブルな観点から、ペットボトルを購入する代わりに水筒を愛用する人が増えたことを受け、スッキリして飲みやすい麦茶を350cc分抽出できる「マイボトルつぶこLight」も開発。趣味嗜好の変化や時流に合わせた商品を展開している。
「やっぱりちっぽけな会社は、いろんなことを考えないと。味を追求すると同時に、大手がやらないようなニッチな商品にも手掛けています。手間をかけて一生懸命やっても、売れないときは売れないんですけどね(笑)。それでも現状維持だけを目標してしまうと、売上の規模がどんどん縮小していくことになるでしょう。先へ先へと進まないといけないんです」
昔ながらの製法で手間ひまかけて作っている分、大手と比べると販売価格に差が開いてしまっているのは事実だ。最大手の麦茶が50パック178円なら、小川産業は10パック280円ほどの違いがある。しかし、その分味や香りには絶対の自信を持っている。100年以上にわたって企業が存続しているのも、少なくない人々が小川産業の麦茶を愛していることの証だ。
「うちの商品は全然高いかもしれませんけども、お客様に納得してもらえる品質を提供していくのみ。信頼に応え続けていきたいと考えています」
新たな販路として、海外展開も模索中だ。
小川社長は政府開発援助(ODA)の依頼を受けて世界各地に赴いて、製粉工場の指導などを行ってきた経験があり、世界に対して広い視野を持っている。はじめに台湾に持ち込んでみると反応は悪くなく、現地の一部店舗での販売がはじまった。次はモンゴルへの進出を狙い、現地販売会社と直接連絡を取り合っているという。
「モンゴルにはヤギの乳など動物性タンパク質を取る機会が多くても、麦茶のような植物由来の飲み物はあまりなく、商機があると考えました。麦茶には気持ちを穏やかにする効果があるから、世界平和にも役立てるかもしれませんしね」
東東京モノヅクリ商店街に参画した理由も、海外展開を見据えてのことだ。海外で受け入れられるパッケージデザインやブランディングの手法、リスク管理を学び、事業の新たな柱に育てていきたいと考えている。
「ひとつ戦略がうまくハマれば、世界で大々的に売れるような商品を生み出す可能性はどの会社も持っているもの。これからもお客様に信頼されるモノヅクリを継続しつつ、新しいことにも目を向けていこうと考えています」