蔵前駅にほど近い、春日通り沿い。築60年という木造2階建ての民家をリノベーションした建物が、マルコカンパニーの本社だ。前はクリーニング店が入っていたというスペースにはたくさんの帽子のサンプルが置かれ、行き過ぎる人々の関心を誘っている。
「ゆくゆくは直接お客様に販売できる場所にできたらいいなとも考えているんですよ。ここに事務所を設けたのは、蔵前という街にとても将来性を感じたから。歴史的な文化が色濃く残りつつも、若い方々もたくさんやってきて個性的なショップやカフェも続々生まれてきている。『蔵前ハット』のような、地域に根ざした商品も開発してみたいですね」
出迎えてくれたのは代表取締役の奈良隆嗣さんと、デザイナーの雲田由香さんのお二人。2021年に移転してきたばかりのこの地で、帽子の制作・企画を行っている。
マルコカンパニーでは、1960年から続く老舗帽子ブランド「NAMIKI(ナミキ)」の企画・販売を行っている。戦後の混乱も落ち着き人々がファッションに興味を向けはじめた時代、女性らし さを引き立てる帽子を生み出そうとデザイナーの並木伸好氏がはじめたブランドだ。
奈良さんはNAMIKIの企画・営業を約15年、雲田さんはデザインをおよそ30年もの年月にわたって携わり、ブランドの中核を担ってきた。そして2021年にマルコカンパニーを起業し、今はNAMIKIブランドにまつわるすべての事業を担っている。
「もともと自分のところでパターンを引いてカタチにするというアトリエからはじまったブランド。そこがNAMIKIらしさの根幹なんです」と、奈良さんはブランドの特徴を説く。
帽子製造の場合、デザインを決めた後は提携工場に製造をほぼ一任するというケースが多いという。「一般的には工場が保有しているパターンを応用して縫製することが多く、巷に存在している商品とどこか似た感じに仕上がってしまうんです」
「そうなってしまうと、やっぱり本来作りたかったモノと大きく乖離してしまいます」と、雲田さんはデザインの視点でも問題点を指摘する。「うちではデザインから素材、縫製のパターンまで考える人が一緒なので、思い描いていた通りにモノを作りやすいんです」
アトリエ的なNAMIKIのモノヅクリは、創造的なデザインを生み出せるだけでなく、かぶり心地も向上すると雲田さんは続ける。「そもそも西洋人と日本人では頭のカタチが大きく異なるため、西洋由来の帽子を違和感なくかぶるには、サイズのアレンジが不可欠です。また、直接肌に触れる部分の素材も大切。ほどよく柔らかく、肌あたりのいい素材を採用しています。工場におまかせしてしまうと、こうした部分はそれなりで済まされてしまうことが多いんです」
こうしたこだわりについて、奈良さんは「実際、ある程度量産をしているブランドでここまで突き詰めるところは少なく、工場からは厄介がられていますけど(笑)、だからこそ60年にわたって愛していただけているのだと思っています」と、自分たちが携わってきた仕事に自信をのぞかせる。
ターゲットは特に定めていないが、販売価格は7000円前後と中高価格帯に位置していることから、30代後半以上の女性に顧客が多いという。ここ10年の定番はギャザーシリーズだ。スタイルや顔の形を選ばず、手軽にボリュームを出せて小顔効果を得られる点が受けている。
マルコカンパニー下における第一弾となった2022年春夏展示会では、このギャザーシリーズを中心に40点ほどの新作をお披露目した。点数は例年の半分ほどに絞られたが、それには訳があると奈良さんは説明する。
「ブランドが当社の扱いとなって初の取り組みですし、コロナ禍でアパレル関連全体に悪影響が及んでいることも理由です。その代わりといいますか、今のトレンドも意識しつつ、60年に及ぶブランドの歴史を振り返って定番ラインの見直しに重点を置きました。それによって、僕たちもあらためてブランドの強みを再認識できたんです」
大切なレガシーを活かしてブラッシュアップされた新作コレクションは、関係者から高評価を得たという。
歴史あるNAMIKIを世に広げていく。今後もそれが主軸であることに変わりはないが、一方で別の表現方法も模索していると雲田さんは打ち明ける。「『CONTT(コント)』という、サステナブルを意識した帽子ブランドを構想しています。名称は、『continue(続ける)』と『cotton(コットン)』から。汚れて使えなくなったら別の目的にリユースできればステキだなって思ったんです」
縮率の異なる素材を組み合わし、多く芯材で成型している帽子は、基本的に洗うことが難しい。そうした点で考えれば、今重要視されつつあるサステナブルの流れから外れてしまっているかもしれない。そうした葛藤に対する一つの答えとして、「CONTT」が生まれた。
「第一弾として企画しているのが、使用後は植木鉢カバーとしてリユースできるバケットハット。生分解性も持ち合わせているオーガニックコットン製なので、そのまま自然に還すこともできるんです」
現在、東東京モノヅクリ商店街の協力を得てブランド戦略や具体的な企画を固めているところだという。
「大量に製造し、売れ残っては処分するというやり方は、今後通用しなくなるかもしれません」と話す奈良さん。「作る側としても罪悪感があり、なにより帽子がかわいそうに思えてしまって。そうした負のスパイラルから少しでも抜け出す必要があると考えています」